坂本龍一の「音楽の力」への警戒と、私の違和感についてのメモ

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朝日新聞デジタルの記事から確認できるのは、坂本龍一が「音楽の力」という言い方に強い警戒を示していたことです。これに対する私の感想は、その問題意識には理解できる点がある一方、音楽の受け取り方まで強く断定しなくてもよいのではないか、というものです。

確認できたこと

出典と確認情報

朝日新聞デジタル「『音楽の力』は恥ずべき言葉 坂本龍一、東北ユースオケ公演を前に」(2020-02-02)

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筆者所感

「音楽の力」という言葉が、音楽の効用を必要以上に大きく見せたり、表現を受け取る側に特定の反応を求めたりする危うさへの警戒は理解できます。音楽が政治的に利用されることや、作り手が自らの影響力を過信することへの注意も必要だと思います。

ただし、音楽の受け取り方は、聴く人や状況によって大きく揺れます。そのため、「音楽の力」という言葉そのものを一律に強く否定し、音楽の意味や働きまで断定的に整理する必要はないようにも感じます。言葉の危うさを意識しながら、受け取り方の幅も残しておくのがよいのではないでしょうか。

未確認事項

この改訂版は、元のメモに記載されていた要約と出典情報をもとに再構成しています。朝日新聞デジタルの記事本文における発言の前後関係や、政治利用・作り手の慢心に関する詳しい説明は、この改訂作業では再確認していません。